能学道

年最後の謡の稽古で、佐野登先生の『能学道』を入手しました。発売初日ということもあり、とても縁起の良い気持ちになりました。

本書には、能の演目には、見えない力への祈り、自然との調和、人々の幸せを願う心が込められていると書かれています。これは、私が目指す音の世界にも通じるものです。こうした思想を、何世代にもわたり、時代に合わせて体系的に追求してきた背景を持つ先生方から学べることに、心から感謝しています。

江井神楽の復興をきっかけに佐野先生とご縁をいただき、現在は能の謡を中心に稽古を受けています。私は実験的な音楽や革新的な表現を目指す芸能に関わっていますが、一見違う分野でも稽古では、毎回新しい視点や、自分の芸を一生かけて磨いていこうという、身の引き締まる体験をしています。

稽古に通い始めて特に印象に残っているのが、「やるべきこと」「してはいけないこと」に対する佐野先生のお言葉です。普段の音楽活動では、音の可能性を広げるために、社会や歴史の中で形成されてきた楽器や楽曲の構造、音の定義を一つひとつ慎重に扱いながら探究しています。その中で、「この音楽では、これはしてはいけない」という壁にぶつかることもありますが、「なぜそれがいけないのか」を根本から紐解き、本質に立ち返ることで、これまでは何らかの方法を見つけてきました。ただ、その多くは自分の感覚に頼っていた部分もあり、佐野先生の「してはいけないこと」に対する明確な指針によって、自分とは異なる、素晴らしい音楽的背景を持つ表現者と音を合わせる際の、確かな軸を持てるようになったと感じています。

「してはいけない」という言葉は強いですが、佐野先生ご自身は、私には想像もつかないほど視野の広い表現者であり、稽古前後の雑談などでも、毎回目から鱗が落ちる思いをしています。

民俗神楽と能も、源流をたどれば交わる部分がまったくないわけではありませんが、人によっては全く異なる分野だと捉えられることもあり、実は佐野先生に出会うまで、ご指導くださる先生を見つけるのに苦労した経緯があります。佐野先生は、能楽とは一見共通点のない、私が普段取り組んでいる実験的な音楽の話にもフラットに耳を傾けてくださり、「機会があれば一緒に新しいことをやりましょう」と常に声をかけてくださいます。そのお言葉が、どれほど大きな励みになっているか!

江井神楽復興の大きなキーポイントとなったのが、佐野先生をご紹介くださった、能管の師匠である一噌幸弘先生の存在でした。普通に考えれば実現不可能だったことが、一噌先生と佐野先生のお力によって形になりました。お二人とも指導者として心から尊敬しています。私自身、フルートやエレクトロニクスで指導する立場にありますが、それでもなお一生かけて成長し続けたいと思えるのは、ジャンルを超えて「後を追いかけたい」と思える師匠の存在があるからだと感じています。

音楽人生のこのタイミングでこの本に出会えて本当に良かったと思える一冊ですが、きっとどのタイミングで出会っても、同じように感じるのだろうとも思います。長い年月をかけて、何度も読み返したい一冊です。

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https://www.nohgaku.jp

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